男の痰壺

映画の感想中心です

散り椿

★★★ 2018年10月6日(土)  大阪ステーションシティシネマ
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木村大作について名カメラマンという表記を見るにつけ、ほんまいかいなと思うのである。
彼は70年代の大作ブームに乗っかって重宝されたわけだが…。
八甲田山」では過酷な冬山での撮影を貫徹し「復活の日」では南極平原の上空をヘりに宙吊りになって空撮に挑んだのである。
当時、学生であった俺の周辺では肉体派カメラマンと半ば揶揄して呼んでいた。
画は全部真正面からで、トリッキーな構図は皆無。
移動やクレーンでのカメラアクションは一切ない。
俺は撮影者の本分は光と影使いだと思うのだが彼の画は平板そのものであった。
だが、過酷な環境で撮られた画は、やはりそれだけの何がしかをもたらす。
 
本作でも、それは変わらない。
そして、画の繋ぎはセミロングとミディアムのジャンプの繰り返しで、これは黒澤の模倣。
黒澤はマルチカメラであったから必然的にそういう繋ぎが希求されるのだが、木村大作は他に思いつかないからそうしてるように見えるんです。
 
これは、死んだ嫁が違う男のことを想いつづけていたことをウジウジ悩む男の話です。
それはそれで構わない。
かの「ゲッタウェイ」でもマックイーンは妻の不貞(やむなくやったのだが)にイジケてました。
でも、岡田淮一は、そのへんイジケが足りない。
足りないのに、やにわに真剣勝負に踏み込む。
で、本当かどうかもしれない相手の話で心は氷解するのである。
このへんの男心の機微が描き切れてないので、展開のダンドリ感が際立つのである。
山田洋次あたりなら、こういうの得意中の得意なんだが。
 
力作ではある。
しっかりした、本物志向もある。(CGの地しぶきは雑)
でも、それだけでは映画は味気ない。