男の痰壺

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BLUE ブルー

★★★★★ 2021年4月11日(日) MOVIXあまがさき1

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持てる者持たざる者の話は「アマデウス」とか色々あるんだろうけど、ギラついた嫉妬を内向させて終ぞ現せない男を描いて得も言われない深々とした味わいがある。本作のサリエリを演じた松山ケンイチは独壇場とも言えるキャラの造形力だと思いました。

幼馴染の思いを寄せる女を友人にとられ、先んじてやっていたボクシングも瞬く間にその友人に追い越される。やってらんねーと投げ出せばいいのに「他にやることもないっすから」と負けの人生に留まり続けるのは、根っからボクシングが好きってのもあるらしい。

 

監督の吉田恵輔が通い続けていたボクシングジムで実際にいた人をモデルにしたらしいが、ある種の共振を抱きつつ慈愛を込めて描かれていると思いました。

 

松山、東出、木村文乃の3者の関係性の確執が織りなす本線に、東出の脳障害の話とビギナー柄本時生の話が絡む。前者が不穏、後者がコメディの要素を孕むがジムを取り巻く挿話という以上に三角関係を客体化させる機能も果たしているようだ。

であるから、松山が去った終局で敗戦から立ち上がった2人が河川敷のランニングで合流するシーンは松山の不在が忘却されていく余韻を残す。

 

終盤、エモーショナルな余韻を残すシーンが2つある。

試合前日、夜道で松山が初めて本心を吐露するシーン。これは予告篇でも使われてるが佳境だろう。

東出が試合で松山がアドバイスした戦法をやめてムリだからやめとけと言われたスウェー&右ジャブを鮮やかに決めるシーン。「やっぱお前スゲーよ」の定番台詞がズドンときます。

 

「麦子さん」や「銀の匙」で緩いジャンル職人と思われた吉田恵輔が「ヒメアノ〜ル」や「愛しのアイリーン」で見せた闇に踏み込むかの変貌にも驚かせられたが、今作では物語に拠らない純粋映画の可能性も垣間見せる。現時点でのベストワークだと思います。

 

持てる者を傍目に見ながら持たざる己を弁えて生きてきた男が、それでも潮時を悟ったとき鬱屈した思いを吐露する夜道の対峙。鮮やかなスウェー&右フックを見せられ全てが振り切れる。帳尻ついた人生に寄せる作り手の思いは走り出した2人の上空で揺蕩うのだ。(cinemascape)

 

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