男の痰壺

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風の電話

★★★★★ 2020年1月26日(日) MOVIXあまがあき5

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諏訪敦彦の映画は最初期の「2/デュオ」を見たっきりで、その後見ていなかった。

フランス資本との提携らしい近年の作にも関心はあったのだが、ミニマムな私的世界を題材にする彼の作風が、見る側の一種の覚悟も要求する。

そんな彼が、日本という舞台に回帰し、しかも東北大震災という現実を題材に撮る。

一種のロードムービーだが、主人公の女子高校生が、その過程で出会う人々に「2/デュオ」の西島秀俊と「M/OTHER」の三浦友和という自身の初期作の主演男優2人をもってきた。なにか総括的な想いもあったんだろうと思わせる。

 

震災による喪失を、まるごと真正面から描いている。何の変則技もない。

両親と弟という家族を失い何年間も、茫然自失同然で生きてきた少女が故郷の岩手を目指して旅するロードムービー

彼女の名前が「春」というところから、俺は小林政広の「春との旅」を想起した。諏訪がその映画を見てるのかどうかは知らないが、限りなくアドリブを駆使し映画内でのライブ感を大事にする作風は似ている。多分意識したんじゃなかろうか。

 

中盤で、西島(彼も震災によって妻と子を失った設定)が、震災時にボランティアで世話になったトルコ人を埼玉に訪ねる件が、ドキュメンタリズムが仮構された物語を侵食してエキサイティングだ。無表情を貫いてきたモトローラ世里奈に表情が戻る。素が出てしまった瞬間だが、それが辛うじて物語の枠内に収まる境界線上で均衡している。

 

救いがたい喪失に晒された人は、どうやったら生きていけるのか。

その解は、モトローラと西島の別れのシーンで西島が口にする言葉で表されている。すなわち、鎮魂だというのだが…。

現世に対し欲の固まりである俺のような人間は、あらたな生きがいを見つけるしかないと思ってしまうのだが、彼女の心には刺さったようだ。

ラストの風の電話に於ける長いモノローグはモトローラの入魂もあって、その懐疑を俺から拭い去った。

 

死んだ魚の目の下に抑え込まれた身悶えするくらい喪われた家族が恋しい想いを開放する旅路。出会う大人たちは哀しみを背負い生きる様を慎ましやかに呈示するだけだが少女の中で何かが変わるやもしれない。真摯で透徹したトーンが全篇を貫くロードムービー(cinemascape)

 

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